『カフェパウゼで法学を』の読後感

f:id:takwordpiece:20180714185111j:plain

献本いただいた『カフェパウゼで法学を』(以下「本書」)を読んだ。

ぼくはぜんぜんアカデミックな人間ではないし、まして法学に関しては完全な素人なので、本書を「書評」することはできないけれど、いくつかのとてもポジティブな「感想」が浮かんできた。

「カフェパウゼ」というのはドイツ語で、英語に直せば「コーヒーブレイク」という意味。

本書「はじめに」によれば、「研究室でコーヒーや紅茶を飲みながら、学問上の悩みについても、生活上の困りごとについても、共有しながら対話をしていく」イメージを言葉にしたものとのことで、つまりは本書に登場する「ぱうぜセンセ」こと著者の横田明美さんの研究室と、そこで行われる営みのことだ。

以前、そのリアル「カフェパウゼ」でコーヒーをごちそうになったことがある。『アウトライナー実践入門』のためのインタビューでおじゃましたのだ 。

「2時間」ということでお願いしたのだが、余裕で時間オーバーし、しかも気がつけばぱうぜセンセ行きつけのお店でお酒を飲みながらライフを語っていたのは、また別の話。

で、そのときリアル「カフェパウゼ」で印象に残ったのは、ぼくが座ったソファのちょうど正面にあった本棚が、いわゆる大学教員の研究室のイメージからすると、ちょっと異質な雰囲気を放っていたことだった。

そこに並んでいたのは必ずしも法学の本だけではなく(そういう本は別の棚に入っている)、経済、社会、ビジネス、実用書の類など一見雑多とも思えるジャンルの本たち。

学生生活にはもちろん、仮に研究者にならなくても卒業して社会人になったときに役に立つだろう本たち、と言ってもいいかもしれない。

実はこの棚は、学生が自由に借りることができる、いわばミニ図書館なのだ。本書の表紙で、ぱうぜセンセが座っている背後の棚がそれだ。

コーヒーを飲み、インタビューをしながら、その「カフェパウゼ」の環境を単純にうらやましく思ったことを覚えている。

その本棚に代表されるリアル「カフェパウゼ」の(そして「ぱうぜセンセ」へのインタビューの)印象を言葉にすると、「誠実で、実用的で、リアルで、厳しい」ということになる。

そして、『カフェパウゼで法学を』という本から受けた印象は、そのリアル「カフェパウゼ」の印象とよく似ている。

本書は、ブログメディア「アシタノレシピ」に連載された「ぱうぜセンセのコメントボックス」と、本書の出版社である弘文堂のウェブメディア「弘文堂スクエア」に連載された「タイムリープカフェ〜法学を学ぶあなたに」がもとになっている。

でも、もちろん発表済みの記事を並べただけではない。厳選して濃縮して煮詰めたみたいになっていて、ずっしりと読み応えがある。

本書は第一義的には「法学」を学ぶ学生を読者として想定している。当然、「法学」そのものについて書かれている部分は、そうでない人間にとってはつき取っやすいものではないのだが、全体としては親しみやすく、楽しく読める工夫が随所にちりばめられている。

挿入される「ぱうぜセンセ」と学生たちとの会話、そして岡野純さんによる一コママンガの魅力はもちろん、地の文も平易で読みやすい。

その両立をするのは、簡単なことではない。「とても誠実な本だな」(訳・きっとたいへんだっただろう)というのは、物書き(のはしくれ)としての感想。

本書の大きな特徴は、「リアルで実用的」という言葉で表せると思う。

本書では、大学で学ぶ上で必要になる知識・スキルが、とても丁寧に解説されている。

「文章を書きながらアウトラインを育てる」という話などは、アウトライナーフリークとしては、個人的につい目がいってしまうのだが、もちろんそれだけでなく、さまざまな課題の中でのリサーチやレポートの書き方の基礎、そして最後の卒論までに必要になる方法論と考え方と心構えが、学年ごとに解説されている。

そして、そうした正統的な(?)論文作法・研究作法的な話に、実にリアルで現実的なノウハウが自然に同居している。

すごくわかりやすい例をあげれば、「PCやプリンタは論文の提出直前に壊れる」という話。

これは大学だけでなく、一般企業でも頻発する、世界中に広く知られた周知の事実だが、この種の本でこのことに言及した本は、あまりないんじゃないかと想像する。

あるいは、レポートや論文を書くときに、実際に取りかかってみないとわからないから、時間があるうちにとりあえず3日取り組んでみるという話。

あるいは、やることリストやトリガーリストなど、タスク管理の方法論。

あるいは、学びの中で必要となるコミュニケーションスキル、特にメールやSNSの使いこなしの話。

こうしたノウハウは、多くの場合「痛い目に」あうことで身についていったものなのだろうが、そんな目にはあわないに越したことはない。その問題にきちんと触れてあるリアルさ。

そこまで含めて、総合的に「読む」ことができるというのは、学生にとってはとてもありがたいことだろう。

その意味で、リアルで実用的。そして、とても親切な本だ。

そして同時に、やわらかい見た目と読み心地に反して、これは厳しい本でもある。

自分が学生の頃にこんな本があったらという感想が浮かんでくるし、これから大学に入る知り合いがいれば、文句なくすすめたい本だとも思う。

それでも、本書の読後感は、そういうことを軽々しく言えないような厳しいものでもある。

ここまで(言語化されてこなかったであろうリアルなあれこれまで)教えられたなら、あとは本人が学び努力することしか残っていないだろうという意味もあるけど、それだけではない。

本書には、単なる学生向けの指南書には終わらない射程の広さがある。

単に大学に入学して勉強して卒業するというだけにとどまらない、大学で学び、それを活かし、さらに学び続けるということ。それを進路(=人生)とどうリンクするかということ。それは当然、楽しいだけの世界ではない。

でも本書は、それを目指す人にとっての確かな道しるべに、そして基準点になると思う。

だから、大学に入って真剣に学びたいという人がもし周囲にいれば、(それが法学かどうかに関わらず)やっぱり文句なく勧めたい本なのだ。