見逃された公私にわたる小さな情報の数々

近所の小さな医院で新型コロナウィルスのワクチン接種を受けた。

予約時間は14時45分だったので、その5分ほど前に医院に行った。すると入り口の鍵は閉まっており、院外に3人が並んで待っていた。14時45分ぴったりに受け付けを開始するが、それまで中には入れないとのことだった。

ぼくは列の最後尾に並んだ。

しばらくして夫婦と思われる初老の男女がやってきた。男性(以下、だんなさん)が扉を押して中に入ろうとしたが、やはり鍵は閉まっていた。受け付けの人が中から出てきて「間もなく受け付けを開始しますのでもうしばらくお待ちください」と言った。だんなさんは「なんだ、入れないのか」とつぶやいた。

だんなさんはそのまま入り口の脇に腕組みをして立った。すでに並んでいる人がいるとは夢にも思わないようだった。女性(以下、奥さん)は列の存在に気づいているようで気にするそぶりを見せていたが、何も言わずだんなさんの後ろに立った。

数分後に扉が開き、受け付けの人が「ワクチン接種の方、どうぞ」と言ったとき、ぼくが(そしておそらく先に並んでいた全員が)予想した通り、だんなさんは迷わず先頭で医院の中に入っていった。

奥さんも続いて中に入ろうとして一瞬躊躇し、列の先頭に並んでいた若い女性に小声で「あのう、大丈夫でしょうか?」とたずねた。若い女性はぼくを含む列の全員と瞬時にアイコンタクトを交わし、コンセンサスが得られていることを確認した。そしてにっこり笑って「ええ、大丈夫ですよ」と言った。奥さんは申し訳なさそうに頭を下げながら旦那さんの後を追った。

全員が特に問題なくワクチン接種を終え、ぼくはそのまま駅前に出てドトールでコーヒーを飲みながら少し作業し、スーパーで買い物して帰った。

だんなさんが、今日この小さな医院の前で自分が見逃していた公私にわたる小さな情報の数々に気づく機会はたぶんないのだろうと思い、少しだけ哀しい気持ちになった。