ごく普通に永久にどこにでもあると思っていたもの

窓際の席に座り、道ゆく人々や辺りの商店の営みをぼんやり眺めながら時間を過ごすというのが、喫茶店の由緒正しい使い方のひとつだった。

問題は、路面にあって外の景色が眺められる窓際席を備えた喫茶店が年々少なくなっていることだ。

昔は(根拠も統計もないけど体感では90年代の半ばくらいまでは)、そんなものめずらしいとも思わなかった。ごく普通に永久にどこにでもあるものだと思っていた。それが今はとても貴重に思える。

ときどき利用する某ドトールには、そんな貴重な窓際席が少しだけある。通りがかりに運良くその席が空いているのを見ると、思わずコーヒーを飲みに入ってしまう(この間は二人で入ってそれぞれケーキもつけたから、その席は明らかに売り上げに貢献している、と思う)。

その席からは、道路を挟んで向かいにある焼き鳥屋さんが見える。焼き鳥屋さんといっても飲み屋ではなく、焼き鳥を販売している店だ。たぶん50年くらい前からその場所にあり、夫婦と何人かの従業員で切り盛りしている。

焼き鳥を何度か買って帰ったけれど、タレもシオも真っ当(≒極端に安いわけではないが高くはない)な値段で、とてもおいしい。井之頭五郎さんが通りがかったら絶対何本か買って公園のベンチで食べていくであろうタイプの店。

焼き鳥屋さんはとても繁盛している。夕方にはいつも列ができていて、見ているそばから飛ぶように売れていく。その様子を窓際席から眺める。

すごく忙しそうだけど、人手不足だからとかブラックな職場だからとかではなく「商売が繁盛しているから」という、シンプルで伝統的でポジティブな忙しさだ。

そんなタイプの忙しさも、ごく普通に永久にどこにでもあると思っていたら、いつの間にか貴重になってしまったもののひとつだ。