後悔ではない切実な何か、どんな年齢にも当てはまる万能のフレーズ

「今になって、ようやくこれができるようになった」という気持ちになることがある。

そんなことを言っても意味はないし、人生に遅すぎるということはない。それでも、今しているようなことを、今しているようなやり方で、もっと早い時期に、もっと若いときにできていたらと思う。

昔は方法がなかったしツールもなかったし環境もなかったし、それに決して手をこまねいてきたわけではなくそれなりに全力でやってきた(つもり)だけれど、やっぱりそういう気持ちになる。

具体的には「人と仕事をする」ことと「複数の仕事を同時進行する」ことだ。

もちろん仕事とは人と時間の中にあるものだから、今までだって人といっしょに複数の仕事を同時にやってきたのだ。

でもぼくはそれが苦手だった。それをすると、本来あるはずの能力が発揮できないと感じてきた。だからこそ、ひとりで自分のやり方で仕事をすること、そして一度にひとつの仕事に集中することが長年の願いだった。

今年は意識して人と仕事をすることにした。その結果として複数の仕事を同時進行することにもなった。しかもそれが意外にうまくできている(当社比)という感覚がある。

理由についてはいろいろ考えられるけど、まあ「自分ができることを自分のやり方でやらせてもらっている」というのがいちばん大きいだろう。

試行錯誤はいろいろあるし、これからも問題は出てくるはずなので「こうすればうまくいく」というノウハウめいたものはない。

ただ、その試行錯誤の部分も含めて、今しているようなことを、今しているようなやり方で、もっと早い時期に、もっと若いときにできていたらと思う。

それは後悔ではない切実な何かだ。

上で「人生に遅すぎることはない」と書いたが、それは嘘だ。

ある年齢になれば、いろんなことはもう間に合わない。
でも、まだ間に合うことは(  )ある。

カッコの中には、年齢や状況に応じて以下の言葉が代入されるだろう。

(たくさん)
(いくつかは)
(なにか)

ある年齢になれば、いろんなことはもう間に合わない。
でも、まだ間に合うことは(  )ある。

これはどんな年齢にも当てはまる万能のフレーズだ。

「万能」というのは、そのフレーズをつぶやき、行動する自由と権利は誰にでもある、という意味だ。